『天地明察』はこんなひとにおすすめ
江戸時代の世界を味わってみたい人へ
天地明察の主人公は、江戸時代に実在した天文学者:渋川春海(しぶかわはるみ1639~1715年)。
天体観測と算術(江戸時代の数学)を駆使し初めて日本独自の暦を作った人物です。
注釈:
暦は農業のために大切な役割を持っています。種をまいたり、収穫をする目安となるのです。また、月の満ち欠けは占いや行事を行うためにも必要でした。正確な暦は当時の人たちにとって日常に溶け込んでいるものなのです。
本書では、その重要な暦が江戸時代にズレはじめ、あらたな暦を作られる(改暦:かいれき)までの実話が描かれています。
天体観測の描写は見もので、まるで春海と一緒に天体観測している気分になれます。
江戸時代の星鮮やかな夜空が目に浮かぶようです。
そして、そろばんしかない時代に、日食や月食の日付だけでなく時間までピタリとあてたり、地球が太陽の周りをまわる軌道も正確に計算するといった話にワクワクしてしまいます。
当時の天文学やそれを支える数学(算術)が非常に発達していることに驚くことでしょう。
物語を通して江戸時代の生活が身近に感じられる作品です。
歴史小説に慣れていない人にも
この小説の登場人物は、今の時代でも身の回りにいそうな親しみの持てるキャラクターが何人も出てきます。
このため、歴史小説になれていなくてもすんなり物語の中に入っていけます。
なかでも主人公の春海はとても親しみやすい人物です。
天才的な学者なのですがちょっと抜けた行動に思わずクスっと笑ってしまいます。
たとえば武士の命ともいえる刀を頂いたのに上手く扱えなくて苦労したり、気の強い女性に恋をしてうまく思いを伝えられなかったり。
また、天文学が大好きな仲間たちや、良い暦を作りたいという情熱を持った春海の上司たちも魅力的です。
そんな周囲の人々に助けられながら、23年という途方もない歳月をかけて改暦という大事業を成し遂げる春海。
彼の成長と周囲の人間模様を楽しみつつ、最後には「こんな素晴らしい人が江戸時代にいたんだ」と感動が残る物語です。
『天地明察』を読むとどんな気分になる?
刀を使わない真剣勝負に手に汗握る
この小説の大きな見どころは、いくつかの「刀を使わない真剣勝負」があるところ。
春海の運命を握る算術の勝負や暦を選ぶための勝負にドキドキしました。
特に大きな勝負となるのは日食月食の日時を当てること。
時と共にずれはじめた暦に対して、春海や仲間たちは新しく正しい暦を作ろうとします。
しかし、古い暦に固執し守ろうとする勢力に何度も邪魔をされるのです。それを打ち破って良い暦を作りたいという彼らの情熱に胸が熱くなりました。
コンピュータも精密な観測器具もない江戸時代に、日食や月食を的中させるのは大変なこと。
しかし、これを当てられないと多くの人に自分の暦を認めてもらい、幕府に採用してもらうことができないのです。
心と心のつながりを描いた人間ドラマ
加えて、春海の人生にかかわってくる様々な人々とのつながりにも心を打たれました。
碁打ちのライバルで、後に史上最強の棋士ともいわれる本因坊道策とは心温まる交流があります。
た、共に天体観測をする2人の上司とは、天文学に興味を持つ仲間として年齢も立場も超えた深い友情を築きます。
徳川幕府の要人である大老や、会津藩主、そして水戸光圀など著名な人物も、春海の能力と改暦への情熱を信じ後押ししてくれます。
そして、運命的な出会いをする女性「えん」。
このような様々な人々の思いを背負いながら、夢を実現させていく春海の姿が感動的です。
『天地明察』の奥付き情報
- ジャンル:小説
- 出版社:角川書店
- 著者:冲方丁(うぶかたとう)。1977年岐阜県出身。小説家、脚本家。2003年「マルドゥック・スクランブル」で日本SF大賞を、本作では吉川英二文学新人賞、本屋大賞などを受賞。「蒼穹のファフナー」などアニメの脚本も多数。
- 出版年:2009
『天地明察』のあらすじ、要約
碁打ちの公務に飽きる主人公
主人公の本名は安井算哲(やすいさんてつ)。
安井家は碁打ち衆として江戸幕府に仕え、大名に碁の指導を行ったり将軍様の前で碁の試合をするお役目を持っていました。
算哲は13歳から碁の公務を務める達人ですが、定石に従う真剣勝負ではない碁打ちを退屈に思う日々を過ごします。
そして、退屈な勝負には「飽き(秋)た」算哲は、碁よりも自分だけの「春」を求めたいと願い、「春海(はるみ」と名乗るようになります。
算術と天体観測に心を奪われて
23歳の秋のこと、春海は算術好きが高じて、算術の絵馬(数学の問題やその答えを絵馬にして神社に奉納したもの)がかけられているとある神社にむかいます。
春海はこの絵馬をきっかけに算術の塾に出入りするようになります。
そこで、「えん」というちょっと気の強い女性と運命的な出会いをします。
またこの塾には関孝和(せきたかかず)という算術の天才が出入りしていました。しかし、気の向いた時にしか塾に来ない関とはすれ違いばかりで、直接会うことがないまま算術の出題を通じて交流が続きます。
また、春海は屋敷の庭に日時計を設置して日々観測するなど、天体観測にも興味と深い知識を持っていました。天体観測では、星の軌道を計算するために算術の知識がかかせません。
春海はやがて算術や天体観測の知識を見込まれ、老中:酒井忠清(さかいただきよ)から北極出地(北極星の見える角度を調べるための全国行脚のことで、その土地の緯度を計測すること)を命じられます。
この旅を通じて、春海は天体観測に心をささげる仲間と出会い、碁打ちでは得られなかった喜びを感じます。
正しい暦を作る勝負へ
1年以上かかって北極出地から帰ってきた春海は、その観測の目的が「新しい暦を作る人材を選ぶこと」だったことを知ります。老中:酒井が会津藩主:保科正之(ほしなまさゆき)の意向を受けて命じたことだったのです。
”保科正之:徳川家康の孫にあたり、三代将軍家光と四代将軍家綱を補佐した実力者”
それまで中国から800年前に伝わってきた「宣明暦(せんみょうれき)」という暦が使われてきたのですが、時と共に日付がずれてきてしまっていました。
そこで春海は、中国伝来の暦の中でも、それまで使われてきた宣明歴より新しい「授時暦(じゅじれき)」というものを使うことにします。
授時歴で日食と月食の日時を予測しその正しさを証明しようとしたのです(日食と月食は1年に1,2回程度ずつおこるもの)。
3年間で6回にわたる予測に対し5回までは見事に明察(正答)。
しかし最後の1回を外してしまいます。日食が起きないと予測したのに、太陽がわずかに欠けてしまったのでした。
この失敗をうけ改暦の試みはいったん頓挫してしまいます。
なぜ予測がはずれたのか?悩み苦しむ春海にヒントをあたえてくれたのは、ついに会うことのできた関孝和でした。
関の助言を得て春海は一から天体観測をやりなおし、中国伝来ではなく、日本独自の暦を作成し始めます。
しかしその行く手には、新しい暦に抵抗しようとする勢力との闘いが待っているのでした。
『天地明察』のamazon口コミ、感想を紹介
Amazonカスタマレビューでは星5つ中の4.3。8割の人が星4つ以上をつけています。
肯定的なレビューとしては「政治的な歴史の流れの中で、変わっていく文化の背景を知ることができた」「こんな人々が日本を支えてくれていたんだ」「失敗を繰り返しながらの23年間。そこが魅力的」「『人生 頑張らなきゃ!』そんな読後感を 味わえる」といったレビューが見られました。
「登場人物の言葉遣いなどが軽く、時代物なのに現代風な雰囲気に違和感を覚えた」という意見もありました。確かにセリフ回しや言動があまり昔風ではない部分もあります。しかし、そこがこの小説の親しみやすさ、読みやすさにつながっているようにも思います。
主人公について「どこまでも真理を極めようと努力するすごい人。なのに、照れ屋のところもあり、とても愛すべき人物像」という評価も。
真面目な話なのにすらすらと読めてしまうのは、このようなキャラクター設定のおかげかもしれません。
実際の渋川春海がどんな人物だったかは今となってはわからない部分が多く想像にまかせるしかありませんが、「努力家で頭がいい」だけではなく照れ屋で失敗も多い春海は逆にそこが魅力的。
その魅力を楽しみながら読んで頂けたらと思います。
『天地明察』のオーディオブック、電子書籍、映画化、漫画版の有無
『天地明察』は、紙の書籍、電子書籍、オーディオブック、漫画で楽しむことができます。
- オーディオブック:有 Audible:無、audiobook.jp:有
- 電子書籍:有
- 映画化:有
- 漫画版:有