書評

書評『長いお別れ』。

『長いお別れ』はこんな人におすすめ

心温まるほっこりした気分になりたい人へ

『長いお別れ』では、70代の男性の認知症が進行していく過程と、その家族の姿が中心に描かれます。

『認知症』と聞くと、少々深刻な内容と思うかもしれません。

たしかに介護の大変さも伝わりますが、著者の中島京子氏の語り口は、どこまでも明るく少しユーモラス。

昇平が認知症の進行によって言葉がうまく出なくなる様子や、子供のようにふるまう姿、それに振り回される周囲の人々。
それらの苦労を包み隠すことなく、ユーモアをまじえながら描いています。

なにより昇平と出会った人との間には温かいやりとりが生まれ心を打たれます。

心の温まる本を読んで、ほっこりとした気分になりたい時におすすめです。

認知症について知りたい人へ

また、高齢化が進む昨今、認知症や介護のことを知っておきたいという方は多いでしょう。

両親や祖父母の物忘れが始まった、自分自身が将来認知症になったらどうしよう、と考える方に、「長いお別れ」は認知症について考えるヒントを与えてくれます。

読みやすい小説を探している人へ

8編の短い物語がつながって一つの大きな物語になっている点が特徴である『長いお別れ』。

時間のある時に少しずつ読み進められるため、忙しい方でも通勤の途中など隙間時間に読み進められます。

また、文章もわかりやすく、普段あまり本を読まない人でも気持ちを楽にして読める作品です。

『長いお別れ』を読むと、認知症でも失われないものに心を動かされる

主人公の東昇平はかつて中学校の校長を務めており、たくさんの人に尊敬される人物でした。

そんな昇平が認知症によって物忘れがひどくなり、思うように言葉が出てこなくなったりしますが、それでも、自分に誇りをもって堂々とふるまう姿が切なく感じられます。

また、物語の中で、心を打たれるシーンが数多く見られます。昇平の記憶力は徐々に失われていきますが、目の前の人に温かく接しようとする気持ちは残り続けます。

そんな昇平の言動が知らないうちに他人や家族を救う場面は感動的です。

認知症になったからといって、もちろんその人のすべてが失われるわけではありません。

その人の感情の豊かさは残るし、人生が終わったわけではないということに救われるような思いがします。

最終章を読み終わった時には、思わず目頭が熱くなっていました。

その一方で、物語の間にちょっとしたユーモアが差しはさまれていて、ついクスっと笑ってしまう場面もたくさん登場します。

全体に重苦しくなく、軽やかでユーモアを楽しめる作品です。

『長いお別れ』の奥付き情報

  • ジャンル:小説
  • 出版社:文藝春秋
  • 著者:中島京子 1964年生まれ。2003年「FUTON」でデビュー。2010年「小さいおうち」で直木賞受賞。
  • 出版年:2015年

『長いお別れ』のあらすじ、要約

認知症と診断をうける昇平

70代の男性東昇平は、都内の一戸建てで妻の曜子(ようこ)と二人で暮らしていました。

昇平は、かつて中学校の校長や公立図書館の館長を務めた堅実な性格のもち主でしたが、引退してから記憶力や判断力の衰えを感じはじめます。

そして病院で検査をうけたところ、アルツハイマー型認知症と診断されたのでした。

例えば

  • 毎年出かけていた同窓会の会場に行こうと電車に乗ったのに途中で自分が何をしているのか忘れて帰ってきてしまったり
  • 子供のようにお菓子の銀紙を集めて喜ぶようになったり

このようにしてだんだんと症状が進んでいく昇平に不安を感じた曜子は、三人の娘たちを呼んで父親の様子を伝えようとします。

呼び戻される三人娘のたち

三人の娘たちは普段両親のことにはあまり関心をもつ余裕がありませんでした。

  • 長女の茉莉(まり)は結婚して高校生と小学生の息子がおり、夫の仕事の関係でアメリカの西海岸に在住
  • 次女の菜奈(なな)も結婚して小学生の息子が一人
  • 三女の芙美(ふみ)は40歳を過ぎて独身で、フードコーディネーターとして仕事に追われる日々

自分たちの生活に精一杯の三人でしたが、アメリカ在住の茉莉まで呼び戻されるという事態に、ただ事ではないと感じとります。

昇平が引き起こすトラブルの数々

父親の様子を目の当たりにした三人の娘たちは、昇平と曜子にGPS機能のついた携帯電話をプレゼントしました。

万一昇平が迷子になった時、GPSで居場所を探そうというのです。

しかし事態はそれだけで落ち着くほど甘くありません。

昇平の認知症によって様々なトラブルが起こり、家族はどんどん振り回されていくのです。

例えば、芙美に付き添われ正平自身の友人の通夜に行った際には、通夜のあと「誰か死んだのか」と何度も聞き、周囲を凍り付かせてしまいます。

苦労をしながら昇平の世話をする母の曜子をよそに、娘たちや孫たちは思うように役に立てません。

自分の仕事や家族との生活に忙しく、また認知症の人の扱い方を心得ていなかったのです。

ところがある日、昇平の世話をほとんど一人でおこなってきた曜子が網膜剥離(もうまくはくり、目の病気)のため入院することになってしまいます。

茉莉たち娘三人が昇平の介護に向き合わなくてはならない日がやってくるのでした。

心温まる場面もある

このようなトラブル続きの生活ですが、家族に何か問題が起こった時に、昇平の少し的外れな言葉がなぜかぴたりとはまって、解決につながったりします。

回転木馬に乗りたくてこっそり二人で遊園地にやってきた見知らぬ幼い姉妹と昇平の出会い。

アメリカでの生活に苦労する長女茉莉とその息子たち。

恋愛がうまくいかなくて切ない思いを抱える三女芙美。

昇平が元気だった頃の事しか知らない、学生時代の同級生との再会。

訪問ヘルパーやデイケアのスタッフとの関係。

様々な人の物語がいつの間に昇平を中心にからみあっていく様子は見ものです。

認知症は少しずつ記憶を失くして、ゆっくりゆっくり遠ざかっていく「長いお別れ」。

昇平と家族の「長いお別れ」の日々が描かれます。

『長いお別れ』のamazon口コミや感想を解説

Amazonのカスタマレビューでは、星5つ中の4.2。およそ6割が5つ星を付けています。

良い評価を付けた人は

「人生のターミナルはかくありたいと願い、温かな気持ちで書を閉じた」

 

「老老介護の大変さ、夫婦愛、子供達の生活、様々な事が勉強になった。」

といった感想を残しています。

その一方で、介護経験のある方からは

この小説より壮絶な話や感動的な話もあります。

地道な介護の話はでてこない、きれいすぎる。

といった批評もありました。

確かに、介護の大変さは細かく書かれておらず、どちらかというとおだやかな場面、心温まる場面が多く描かれています。

「介護というのはこんなにいい話ばかりではない」と言いたくなるかもしれません。

ただ、介護そのものを描くだけがこの物語の目的ではないと私は思っています。

「長いお別れ」という作品には、人生の大きな苦労の中でも楽しいことや、得られるものがあるのだ、という発見があります。

笑いながら、ほのぼのとしながら、苦労を語る、という物語に心がやすらぐことでしょう。

『長いお別れ』のオーディオブック、電子書籍、映画化、漫画版有無

  • オーディオブック…なし
  • 電子書籍…Kindle版あり
  • 映画化…あり 2019年公開
    キャスト:蒼井優、竹内結子、松原智恵子、山﨑努、中村倫也
  • 漫画版…なし

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